ある製品を箱詰めして出荷する工場があったと想像してみてください。
その工場では敷地のレイアウト上、箱詰め工程のおしまいのところからトラックのプラットホームまで、廊下をはさんで15メートルほどの距離があります。
箱詰めされた製品は、ひとつ12Kg。箱詰めは1分に3つのペースででき上がります。
これをせっせとひとつずつ、よいしょと抱えて15メートルの廊下をAさんが運んでいます。
Aさんはあまりに単調な仕事内容と、1往復するたびに積み重なっていく製品の山、そして日々増していく腰の痛みに、うんざりしていました。
− この光景、いかがでしょう?
そして、Aさんを助けてあげるにはどうしたら良いと思いますか?
「なんだよ、ちょっと頭使ってコンベアみたいな、コロコロ転がるレールみたいなの?
あんなのでスーッと送っちゃう、ってわけに行かないの??」
− 廊下は幅が1メートルちょっとしかなくて、そういう設備を入れちゃうと人が通れなくなってしまうそうなんですよ。
「うーん、じゃあ手押しの台車でも使えば良いんじゃない?いっぺんに10箱くらい行けるでしょ」
− うんうん。そうですね。それは検討の余地がありそうです。
「だいたいひとつずつ手で運ぶなんて、たとえ話だとしてもありえないよ」
− ですよね(笑)。
…でも、こういう例が世の中にゴマンとあるんです。ことに事務処理の世界には。
上のお話の中では「箱を運ぶ」という目に見える仕事が相手だったので、状況をパッと思い浮かべて「ここが無駄。ここをこうすれば効率的になる」というようなイメージを描きやすいのです。ところが、いっぱい数字が書いてある書類を机の上に広げてパソコンに向かって一心不乱にカチャカチャやっているようなタイプの仕事となると、そういった発想がなかなか出てこなくなってしまいます。
- そこでなにが行われているのか?
- 作業の内容に無駄があるのかないのか?
- より適切なやり方があるのかないのか?
そして当事者も、周りの人々も「あの仕事はそういう仕事だから」と、なんとなく納得している…というよりも、そもそも納得以前に何の疑問も持ちません。なにしろ普段は問題意識が生じるきっかけなどないわけですから。
ところが担当者の異動に伴う引き継ぎなど、なにかの機会に調べてみたら「12Kgの箱をせっせとひとつずつ、よいしょと抱えて毎日毎日うんざりしながら15メートル先まで運ぶような仕事をしていた」というようなケースに、実に数多く遭遇します。
アンティックという会社はそこに光を当てて、「なんだかなぁ?」と思いながらもそういったうんざりする仕事をやってきたスタッフに、そして会社に、少しでも楽になって欲しい、スッキリしてもらいたい!と、そういう理想を実現していく会社です。
よく間違えられるのですが、アンティックが納品する「モノ」は、つまるところ表計算ソフトのMicrosoftExcelにプログラムを仕込んだものがほとんどです。
そこに目が行ってしまって「情報システム屋さんだ」「ソフト屋さんだ」と捉えられがちなのですが、あくまでもそれは「手段」、「ツール」として提供させていただいているものに過ぎません。
繰り返しになりますが、私の中には「うんざりする仕事をやってきたスタッフに、そして会社に、少しでも楽になって欲しい、スッキリしてもらいたい。そういう理想を実現していく会社」であるという、あるいはありたいという思いが詰まっています。
そもそも、事務仕事というものはそれ自体が売上に貢献するものでもないし、口の悪い人に言わせれば「ムダメシ食い」扱いすらされかねないものです。
でもその機能がなければ会社は回っていきません。
請求書も出せなければ、納品に対する検収もできない。決算書も出せないし法人税も払えない。
さらにみんなの給料も払い込めない。採用や退職の手続きだってできません。
誰かが必ず縁の下の力持ちとしてやらなければならない仕事なんです。
冒頭の15メートルの廊下を行ったり来たりのAさん。彼の仕事もやり方にこそ無駄はあったけれど機能としては欠かせないものですよね。
そういう地味な仕事に取り組んでいる世の中の皆さんの、とりわけ「やりようによっては背負わなくても済むのに、現状では目いっぱいの "期限" と "手間" を背負っている」そんな類の負荷を取り去るお手伝いをさせていただきます。
手押しの台車を導入するがごとく、自動的に集計するプログラムを組み込みましょう。
問題点を明らかにしながら、業務とデータの流れを仕組化しましょう。
各地に散らばる支店からは、ネット経由でデータを集めるようにしましょう。
その結果、目に見えるところでは人的コストが格段に減ります。
1時間要していた仕事が5分で終わるようになれば、時給換算で単純なコスト低減額が計算できます。
これらを行うことによって発生する効果として、 ・プレイングマネージャ的な役割の方であれば「機械的な仕事だけではなく、人間ならではの 判断が必要な仕事に、より多くの時間を割けるようになる」 ・メンタルヘルス面から見ると「サービス残業がなくなり、月末の繁忙期を迎えるのが 怖くなくる」 ・人の入れ替わりの多いところであれば「引き継ぎに要する手間が格段に減る」 ・データの共有化の実現で「入力の二度手間三度手間や、入力ミスがなくなる」 …など、あらゆる一面であらゆる質の、副次的な無形効果が現れてきます。
一方で、これは忘れてはいけないことですが、コストを下げるためには、アンティックのいただく報酬が、改善効果として見込まれるコスト低減額を上回ってはいけません。たとえばファイナンシャルプランナーに月に1万円の指導料を払って家計費を3千円浮かせたと言っても、奥さんは威張れませんよね? 差し引き7千円、出費が増えてしまっています。こういう図式ではまずいわけです。
ぱっと見に大した違いがないにも関わらず、アンティックが「情報システム屋さんやソフト屋さんではありません」と繰り返し唱える最大のポイントも、実はここにあります。
こちらの投下した労力を根拠とした報酬を求めるのではなく、お客様のメリットに見合った報酬を求める。
この違い、お分かりいただけますでしょうか?
そのため、副次的な無形効果を見込んだ上で費用対効果を勘案して「予算はここまでで」と言っていただけると大変助かります。
その範囲内でできること、できないことも見えてきますし、なにしろお客様が損をすることが理論的にゼロになるわけですから。
さてそうすると、結果的にどうなるでしょうか?
まず、アンティックに支払った対価以上のコストダウンが実現できます。
そして、売上が一定なら、コストが少なければ少ないほど、利益が多く残りますよね?
繰り返します。コストが減れば利益が向上します。
あえて大げさに言うと「アンティックが関わった企業は利益が上がる」のです。
売上に貢献できない事務屋さんの世界でも、仕事を適切な方法で回せるようになれば、少なからず利益向上に貢献できます。お客様とご一緒に、そこまでを視野に入れて事務作業の効率化に取り組んでいければ幸いです。